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 ■ エジプト旅紀行

 

 

 エジプトではガイドさんの説明を素直に聞いて帰ってきたのですが、グラハムハンコックさんの「神々の指紋」を読んで目から鱗が落ちるという思いをしました。

  スフィンクス(写真1)の胴体も、すぐ近くにある河岸神殿も大部分は石灰岩でできています。そして、河岸神殿の場合、下半分の内側の部分を花崗岩で補修工事してあるのです(写真 2、3)。

  もともと石灰岩は水に弱く、長い間雨が降ったりするとぼろぼろになりやすいのです。奥の上方に見える石が浸食された石灰岩で、このように見えるからには大雨が続いたに違いないと考えられるのです。エジプトの歴史を見ると紀元前4世紀頃のファラオの時代以降は季候も良く、カイロ辺りに大雨が続いたことはないようです。

 グラハムハンコック氏は大雨があったのは1万年以上も前だから、スフィンクスや河岸神殿などはそれ以前に作られたものではないかと推定しています。そして、砂漠の中から発見した後世の人が修復し、自分の手柄にしたのであろうと推定していますが、その可能性が高いのではないかと思っています。

 彫り物が施されている巨大な石柱がそそり立っているルクソール(以前テーベと呼ばれた場所)の神殿の跡も素晴らしかったのです(写真 4)。

  神官達が神の威光をかさにして横暴を極めたので、若き王ツタンカーメンが他へ遷都したということでした。

 アブシンベル大神殿はアスワンハイダム建設によって水没するのを防ぐために解体して60m上に再構築したものだというので吃驚しました。モーゼが神の導きでユダヤ人達を引き連れてエジプトから去ったという時代のファラオ(王様)であるラムセス?世が作ったというのですが、写真 5の穴から入った太陽の光が一番奥に安置してある写真 6の像に届くのが春分の日と、秋分の日の年2回だというのです。

  NHKの教育テレビで早稲田大学の吉村教授が模型を使ってその事実を説明していました。

写真1 スフィンクス。胴体部分は写真2,3と同じ石灰岩でできていて、水で浸食した痕が見られます。

写真2 河岸神殿。花崗岩の奥に浸食された石灰岩が見えます。

写真3 内側の花崗岩の裏側は石灰岩の凹凸に合わせて切り込み加工をしてあり、明らかに後年の補修工事と考えられます。
写真4 ルクソール神殿の石柱。きれいに彫刻されたエンタシスの石柱が荘厳な雰囲気を醸し出しています。

写真5 ナイル川の上流にあるアブシンベル大神殿。ラムセス?世の像が威容を誇っています。

写真6 写真5の下の方にある入口の突き当たりに安置されています。

 

 

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